シナプス刈り込み

 職務上、最近から(乳幼児)発達心理学に関する書籍を読み始めました。

 発達心理学認知科学寄りの科学なので、乳幼児には大きな関心は実はなかったのですが、もともと認知神経科学には知識はないけど関心はあったので、興味深いです。

 ただ、発達心理学そのものも、認知科学脳科学の知識がなさすぎてなかなか覚えられなくて困っている状況なので、ブログに気になったことだけでもメモしていくと良いかなと思い、このブログの存在を思い出しました。

 そんな中、最近読んだ本で知り(聞いたことはあったがきちんと知った)面白いな、と思ったことに「シナプス刈り込み」という脳科学の概念があります。

シナプス刈り込みとは、必要なシナプス結合だけが強められ、不要なシナプス結合は除去される現象である。発生、発達期の動物の脳内ではある段階になると神経結合(シナプス)が形成され始める。生後間もない時期の動物の脳では、過剰にシナプスが形成され、その密度は成熟動物でみられるよりもずっと高い。生後の発達過程において、このうち必要な結合だけが強められ、不要な結合は除去されて、成熟した機能的な神経回路が完成する。この過程は「シナプス刈り込み」と呼ばれており、生後発達期の神経回路に見られる普遍的な現象であると考えられている

シナプス刈り込み - 脳科学辞典

 この定義もなんとなく分かりやすいですが、これを知ったきっかけのその本、森口祐介先生の『おさなごころを科学する』の中では、乳幼児の脳発達についての章の中で、分かりやすく且つ具体的な研究例も引きつつ、説明されていました。

出生時において大まかな脳内の配線はできています。(…)出生後に脳内のネットワークはその複雑さを急激に増します。ニューロン樹状突起は(…)顕著な発達的変化を見せます。この樹状突起の変化がシナプスの変化につながります。

(…)ニューロン同士はシナプスを介してつながっていますが、このシナプスの密度が出生直後に急激に増えます。つまり、広範なニューロンのネットワークを作っているのです。

 そして、ハッテンロッカー博士という研究者が死後の乳幼児・成人のシナプス密度を数え上げ、

(1)シナプス密度は出生後すさまじい割合で増大し、一次視覚野という領域では生後8ヶ月でピークを迎える、生後8ヶ月の時点の密度は大人の1.5〜2倍であること、

(2)シナプス密度は徐々に減っていき、10歳を超える頃には大人と同じ水準になる、という発見をしたことを挙げたうえで、

つまり、乳児の視覚野では、最初は様々なニューロンの間につながりを作ります。そして、生後8ヶ月を超えるあたりから、それらのつながりのうち、一部は残り、一部は消えていくのです。

 とまとめ(「一部は残り、一部は消えていく」=刈り込み)

このように、多数あったシナプスのうち必要なものだけに刈り込まれていくことを、シナプスの刈り込みと言います。

 と説明します。

 この刈り込みにとって重要なのが、経験や脳の自発活動*1だそうです。

 この経験とは「使われるシナプスは残りますが、使われないシナプスは消えて」いくことだそうで、これは具体的には

たとえばニューロンAがニューロンBとニューロンCとの間にシナプスを形成しているとします。生後の経験によって、ニューロンAとニューロンBが同時に活動することがあり、ニューロンAとニューロンCは同時に活動することがないとします。このとき、ニューロンAとニューロンBのつながりは強化されますが、ニューロンAとニューロンCのつながりは強化されません。このことを繰り返すと、前者のシナプスは残り、後者のシナプスはなくなります。このようなメカニズムで、生後の経験により、必要な脳内ネットワークは残され、不要なネットワークは刈り込まれ、情報伝達効率の良い脳内ネットワークが経験されていくのです。 

 と、かなり分かりやすい説明がされています。

 また、ハッテンロッカー博士は一次視覚野についての説明でしたが、この刈り込みの発達のタイミングは脳の領域により異なるそうです。

 例えば、感覚器から入ってきた情報が早い段階で届けられる脳内領域は刈り込みのタイミングが早く、反対に前頭前野のように届けられるのが遅く複雑な機能と関連するような領域の刈り込みのタイミングは遅い。

 そして、こうした刈り込みの例として、言語音知覚や顔認識などについての研究が触れられて説明されています。それを簡単にまとめると、

(1)言語音知覚の刈り込み:日本人は英語のLとRの弁別が苦手だが、乳児は日本人であっても区別できる。乳児は生後半年まではどの言語も初和音を音声カテゴリーによって弁別することができ、生後1年で環境で耳にする言葉以外の弁別が出来なくなる。乳児は広範なネットワークを作り、どの言語にも対応できるようにしておき、特定の言語に適合するよう「刈り込んでいく」。

(2)顔認識の刈り込み:顔認識は馴染みあるカテゴリーには強いが、馴染みのないカテゴリーには弱い=外国人の顔は弁別しづらいが、日本人なら弁別しやすい。ある研究では、生後3ヶ月では5種類中全人種の弁別が可能で、6ヶ月では2つの人種の弁別が可能で、9ヶ月では全人種弁別できなかった。→様々な顔弁別ができる状態から、自分の属する人種の顔を見る経験を積み重ねることから自分の属する人種に対して特化していくように「刈り込んでいく」。

 と、いうような感じです。

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 こうした具体例を含めて説明されるとかなり分かりやすく、環境に適合して発達していくことが示されていて面白いです。

 ネットで軽く調べてみると、精神疾患発達障害とも絡めて論じられている記事も散見され、詳しく見ていないので不明ですが、面白そうなのでもう少し見ていきたいです。(なのでまたこれ以降も編集するかもしれません)

 大幅に引用させてもらった『おさなごころを科学する』ですが、この著者の森口先生は乳幼児の抑制機能や実行機能についてが専門の一つであり、以前幼児の実行機能について調べていた際に知った方でした。面白い記事をたくさん書いているので、本を買ってみたのですが、この『おさなごころを科学する』は、無学な私には一度では理解できないことも多かったですが、発達心理学の先端の知見を紹介しながらも、一つの読み物として成立させているという点でとてもおもしろかったです。

 ここから知った概念を調べたり、何度か読み直していきたいと思うとても良い本でした。

 

おさなごころを科学する: 進化する幼児観

おさなごころを科学する: 進化する幼児観

 

 

 

 

*1:脳の自発活動については本書の中では説明されていなかったので、後日調べます

メモ:ADHDの(神経心理学的)アセスメント

注意欠如・多動症-ADHD-の診断・治療ガイドライン 第4版

注意欠如・多動症-ADHD-の診断・治療ガイドライン 第4版

成人・児童問わずADHD症状を主訴に来院する患者は多い。

ADHD診断・治療の難しさにはまず鑑別(例えば双極性障害境界性パーソナリティ障害等との鑑別や併発)の問題が挙げられるが、心理職がこれに寄与できることとしてはアセスメントがある。

心理アセスメントを、

①治療的なアセスメント

②診断のためのアセスメント

の二つに便宜的に分けるとして、本稿では、ADHDに対する②診断のためのアセスメントについて簡単にメモしたい。

 

まず前提として、ADHDは神経系の障害である。そのため、ADHDそのものの診断の評価のためとしては、描画やロ・テストのような投影法は用いない。もちろん、うつ病などの二次障害のアセスメントとしては有効であるが。

こうした神経系の障害には神経心理学的検査が有効である。特に有効であると思われるものについて下記にメモ。 

なお、予め述べるが、どんなにADHD的な特性・プロフィールが検査結果において示されたとしても、それだけで確定診断を行うことは不可能である。

 

1)WAIS-Ⅲ、WISC-Ⅳ

基本である。

ADHDは実行機能の障害という考えがあることから、本検査ではワーキングメモリと処理速度の結果に反映されやすい。ディスクレパンシーとして、言語理解や知覚統合(知覚推理)と比較してワーキングメモリと処理速度の指標が低くなりやすい傾向にある。

統計的には特に処理速度の指数に、そして中でも"符号"課題において健常群との差に大きな効果量が見られる。

仮説的には主に筆記技能や見通し、注意集中が反映された結果であると考えられている。

ASD(PDD)でもこうしたワーキングメモリと処理速度が低くなる傾向にあるが、DSM-Ⅳ-TRまで併存しない(より重篤であるPDDが優先される)とされていたことからも分かるように、両者はかなりの重なりがあり、同じ神経学的基盤を持つとの考えもあるため当然ではある。

しかしながら統計的にも、あるいは臨床の実感的にもADHDの診断・主訴を持つ患者の方がよりこうした指標が差として低く出やすい傾向にある。

また、ウェクスラー式検査では、こうした量的情報のみでなく、同時に受検態度や回答傾向といった質的情報においても有効な情報を与えてくれる。

まず、全体を通した受験時の様子である。

ADHDの症状は大きくいうと、

①多動

②衝動性

③不注意

に分けられる。ウェクスラー式検査は導入・終了後の質問まで含めると、入室から退室までの平均時間は90分〜120分はかかり、心理検査はとしては最長の部類に入る(そのため患者の都合上二回に分ける場合もあるし、休憩を挟むことの方が多いが)。この時間が個人的には絶妙である。

例えば成人のADHDでは①多動性は有意に改善している場合が多い。

いわゆる一般的なADHDのイメージである「落ち着きがなく授業を聞かず教室でも走り回る」ような人は成人にはほとんどいないし、意外と児童でもこんなに分かりやすい症状を持つ人はいない。

神経疾患にも関わらずなぜこの問題が成人になると改善するかというと、学習するからである。つまり、社会的なルールに則り学習した結果、多動性というのは落ち着くのであるる。

が、こうした症候というのは、フラストレーショ場面では顕在化しやすい。

そのため、2時間近くも未知のテストを受けさせられている受検者は、随所でそうした多動性の特性が顕在化されるのである。

それは例えば、休憩の要求(喫煙など)、終わる時間の確認、早く終わらせるための投げやりな回答傾向、ため息、貧乏ゆすりなどの行為である。表情や検査者とのコミュニケーションにおいてイライラが確認できることもあるかもしれない。

 

 

(編集中)